- 日帰り入浴/外観・ロビー
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まるでどこか昔話の世界に来たような玄関。
玄関・エントランス棟は、築300年の古民家を移築してきており、落ち着きと楽しさを漂わせる造りとなっております。さらに、廊下などを含めて全館畳敷きのうえ、ほぼ全てが床下暖房となっており、冬の寒い時期でも館内はぽかぽかと暖かく、快適にお過ごしいただけます。
ワンコインで、昔話の世界をたずねてみませんか?
民芸風の外観
ロビー内休憩所
この建物は、風雲の戦国時代から約100年の歳月が流れた延宝時代(1670年頃)に建造されたものです。
建物の祖は、武田信玄の重臣蒲生氏と言われています。
武田勢の敗退により落武者大将となって甲州の地を逃れ、飛騨の山並み深く逃げ延び、果ては尾根伝いの坂上(現在の岐阜県吉城郡宮川村)に辿りついた氏は、そこを一族の安住の地と定めたが、なおも追求の目をくらますため姓を蒲生から小沼に、小沼から小瀬弥右衛門にと変え、加えて甲冑刀剣類も富山県との国境にある塩屋金清神社に献納、裸一貫、農民暮らしを始めました。
やがてその統率力を認められた氏は、部落の肝煎(世話人)に推されて長く勤めるとともに、豊臣時代には名字帯刀まで許され、坂上七軒衆の筆頭名主として飛騨一体にその名を広めたことは宮川村史にも明らかとされており、今もって当地の盆踊り歌に小瀬氏の名が歌いこまれていることからも、由緒ある家系であることが実証できましょう。
飛騨地方で唯一の妻入口の造りであり、屋内には代官が休息の場とした一間床の間をもっている建物です。また小屋組み(屋根の下の桁)が非常に大きく、丈余の積雪に耐える頑丈な造りが施され、用材は最も堅牢とされている栗の大木を全てにわたって使用、特に牛と呼ばれる太い梁には15尺の円周を誇る巨木を伐り、天井は骨格に似た空間美を見事に描き、飾りの少ない室内意匠は素朴な情緒をにじませ、大胆な梁組みは豪壮な古代美を重厚に表現しております。勿論全国でも稀な山地特有建築の一つであり、往古のたたずまいを現代に残している伝統豊かな文化財的建造物といえましょう。